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予感

少し前のこと。仕事が忙しくて数日家から出なかったこともあり、なんだかモヤモヤしていた。とはいえ、あまり出かける気にもなれない。できればゴロゴロして、映画でも観ていたい気分だった。しかし、このままではモヤモヤは増幅してしまう気がしたし、何日も家から出ないことがとても不健全なことに思えた。



結局、乗り気ではないまま、出かけることにした。いつもなら「気が乗らないときはやめる」ことにしているのだが、無理やりといった体で準備を始めた。ポツポツと小雨が降り始めた。



せっかくならと、ずっと行きたいと思っていたパン屋と喫茶店に行くことにした。服を着替えながらも、まだ出かけるのが億劫だと感じていた。「そんな思いをしてまで出かける必要があるの?」と自分に問いかけながら、結局車に乗り込み、目的地へ向けて車を走らせた。



パン屋までは20分ほど。住宅街の中にできたばかりというその店へは、携帯のナビアプリを使って向かった。とても狭い(狭すぎる)路地をなんとか通り抜け、ナビの示す場所へたどり着いたというのに、そこにパン屋はなかった。ナビがおかしいのだろうと思い、周囲を少し回ってみたものの、やはりそれらしき店は見つからない。



そのうち一方通行の路地に行き当たり、方向転換をしなければならなくなった。道はとても狭く、どうやってUターンすればよいかわからない。結局5分ほど時間をかけ、何度も少しずつ方向を切り替える。そのとき、ガゴッ、という音とともに衝撃を感じた。コンクリートの塀に、車の後部をぶつけてしまったのだ。パーツがずれるほどの衝撃だった。



やるせない気分になり、無理して出てきたことを悔やんだ。やっぱり、「気が乗らないときはやめる」を信じるべきだったのだ。パーツを手のひらで押し込むと、なんとかその場に留まってくれた。よかった、修理に出すほどではないようだ。塀は無傷でほっとした。車を降りたついでに周辺の狭い路地を歩いてみると、ものの30秒ほどの場所に目当てのパン屋はあった。



一方通行の路地のすぐ脇にある道を左折すれば、すぐだった。それもなんだか悔しかったけれど、とりあえず店には辿り着けた。小さなログハウスづくりの店にはカウンターがあるのみ。ショーケースの中のパンを指差して、店主に取ってもらうシステムのようだ。私の前に2人の客があり、私の番になる前に目当てのベーグルが売り切れてしまう。



あぁ、やっぱり今日はついていない。せっかくなので、最後に1つ残っていた食パンを買った。「今日はあいにくの天気なのに朝からお客さんが多くて。電話で予約もできますので」と、店主が申し訳なさそうに言った。駐車場に停めていた車を見ると、先ほどぶつけた箇所のパーツが少し浮いている。再び、手のひらでグイッと押し込んだ。



さて、仕切り直して目当ての喫茶店に向かおう。その店はチャイが美味しいと評判だった。こんなにも静かな雨の日には、温かいチャイでも飲みながらゆっくりと読書したり、考え事をしたりしたい。そうすれば、先ほどの出来事も帳消しになるのではないだろうか、そう思った。



ナビアプリに目当てのカフェの住所を入力すると、該当する場所がないという。そんなはずはない。だって、家を出る前に検索したときには、きちんと表示されたのだから。しかし、何度入力し直しても、店名で検索しても、結果は同じだった。こんなことって。



気が乗らないまま家を出て、車をぶつけ、目当てのパンは目の前で売り切れ、しかも目当ての喫茶店がナビに存在しないという。しかも、そのカフェは今朝、ナビに存在していたというのに。友人に電話すればおおよその場所はわかるだろうけれど、今日はどこにも行かないほうがいいような気がした。



家を出る前、私の予感が「今日は出かけるのをやめたほうがいいよ」と教えてくれていたのに、その声を無視して出かけたばっかりに。私は慌てて家へと戻り、その日の残りはベッドに寝転んで、映画を観て過ごした。

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