その日は、コペンハーゲンからドイツへと深夜バスで移動する日だった。ドイツのハンブルグまで約6時間半の予定。
深夜のバス乗り場に集合したのは20名ほど。ざっと見て男性の割合が多いようだ。「隣の席が女性でありますように」と、心の中で小さく祈る。バスの席は距離が近く、隣が男性だとなんとなく落ちつかない。
チケットを確認しながら席を探すと、あいにく隣にはすでに恰幅の良い男性が座っていた。荷物を座席上の棚に押し込み、窓側の席に座る。席には毛布が1枚用意してあった。
乗客はみんな、席に着くなり寝支度を整えている。空気を入れて膨らませる枕を用意している人、携帯にイヤホンを繋いでいる人など。
途中2度、トイレ休憩があるとアナウンスがあり、早々に消灯となる。バスの振動を感じながら、しばらくコペンハーゲンの灯りに別れを告げていた。疲れが溜まっていたのか、そう長くないうちにまぶたが閉じてくる。
「20分間の休憩となります。トイレに行きたい方や飲み物を買いたい方は時間内に戻ってきてください」というアナウンスの声で目が覚めた。時刻は02:10。どこに到着したのかはわからない。乗客たちはいそいそとバスを降りていく。
休憩所でトイレを済ませ、自動販売機のぬるくてまずいコーヒーを買う。ギリギリの時間までバスに戻る気になれず、体を伸ばしながら夏の夜の涼しい空気を肺いっぱいに送り込んだ。バスの入口にはタバコを吸う人たちの群れ。そこには疲れたように見えるドライバーの姿も混じっていた。
時間になり、席へと戻る。隣の列のカップルが、深夜にもかかわらず開いていた売店で買ってきたらしい菓子を食べている。食べ物とコーヒーの入り混じったにおいがバスの中に満ちる。カフェインを摂ったにもかかわらず、眠りはまたすぐにやってきた。
2回目の休憩を終えたあとはなかなか寝付けず、窓の外の闇をただ眺めていた。しばらくすると空が白み始め、現れてきたのはドイツの景色だった。隣の男性も目覚めたのか、体を動かし始める。
「あと1時間ほどで到着です。ハンブルグは初めてですか?」と、男性。「はい、初めてです。今回は通り過ぎるだけで、すぐ次の街に向かうのですが」と答える。
「それはとても残念だ。とてもいい街なのに」。彼は生まれも育ちもハンブルグらしく、街の魅力をいくつか数え上げた。彼は高校で物理を教えている教師だった。とても話が上手で、彼の話にすぐに引き込まれた。
物理のおもしろさ、生徒たちがいかに素晴らしいか、休日には市場で野菜と果物を買うこと、彼女と山登りをすること、など。いつもならバスの中での会話が苦手なのだが、そのときはむしろ楽しんでいる自分がいた。
母語ではない言葉で会話をするほうが、心地よいときがある。言葉が波のようにさらさらと流れ出るのだ。人種や言語、バックグラウンドなんかは関係なく、その「人」との会話のテンポがぴったりと合わさる感覚。
辺りはもうすっかり明るくなっていた。結局、私たちはバスが到着するまで話し続けた。停車場に着いた時、正直もう少し話していたい気がした。
ひとりで旅をするのは寂しくないか?と、聞かれることがよくある。「とんでもない。ひとりのほうが人と話す機会があるものだよ」、といつも答える。
旅のいっときを一緒に過ごす道連れは、どこでだって出会える。好奇心と、ほんの少しの人恋しさを抱えてさえいれば。(R)