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オックスフォードという街

オックスフォードは思ったよりもこじんまりとした、のどかな街だった。ハリーポッターが日本でもブームになった数年後、1年間暮らした。



シティセンターと呼ばれる中心街には大型スーパーや郵便局、銀行、小さな路面店などがギュッと集まっている。生活に必要なものはなんでも揃う。かの有名なオックスフォード大学のカレッジもこの周辺。意外と知られていないが、オックスフォード大学というひとつの大学があるわけではなく、いくつものカレッジを総称して「オックスフォード大学」と呼ぶ。



さすがにカレッジが点在しているエリアは趣があり、石造りの重厚な建物には圧倒される。日本の木の文化も好きだが、海外の石の文化にはロマンを感じる。石畳や石造りの教会などに。



シティセンターには細い路地から成る古いマーケットがある。1774年にオープンしたという「Coverd Market」には肉屋や魚屋、八百屋、パン屋、花屋などがあり、新鮮な食材が手に入った。TescoやSainsbury'sなどの大型チェーンスーパーも楽しいけれど、時間があるとマーケットを訪れたものだ。買い物の最後には必ずマーケットの一角にある「Ben's Cookies」に立ち寄り、直径10センチ以上はある大きなチョコチップクッキーをかじりながら帰った。



毎週水曜日にはマーケットの隣の広場に市が立ち、地元農家の採れたて野菜やおいしいチーズなどが購入できる。広場はバスターミナルに隣接しているので、大きな買い物袋を両手に抱え、そこからバスに乗って家へと帰る。



イギリスの食べ物はおいしくないと評判だが、私はすんなりと食生活に溶け込めた。特に好きだったのが、フィッシュアンドチップス。お気に入りのキッチンカーがあり、大きな揚げたてのコッド(白身魚)と山盛りの厚切りポテトで確か2.5ポンドほどだったと記憶している。「ビネガーをたっぷりかけてね」と伝えるのは忘れない。パブでお酒を飲んだ後は、決まってフィッシュアンドチップスで〆る。



イギリスは移民の多い国でもあり、特にインドや中東系の人が多かった。オックスフォードにも移民が多く暮らすエリアがあり、スパイスの匂いが充満している。ここには1軒のケバブ屋があった。入り口横の大きなガラス窓の中では、巨大なラム肉の塊がゆっくり回転しながら炙られ、ジュージューと音を立てている。ラム肉を薄切りにして、たっぷりの新鮮な野菜と一緒に生地に包んだケバブはクセがなく、かなりのボリュームだが女性でもスルスルと胃に収まる。



そのエリアには小さな映画館があり、水曜日には学生は格安で観ることができた。古い作品ばかりだったが、友人が映画館のボランティアスタッフをしていたこともあり、月に1〜2度は足を運んだ。



もう1軒、よく通った店が「Oxfam Shop」だった。チャリティーのためのセカンドハンドショップで、自宅で不要になったものなどが持ち込まれ売られている。洋服や食器、アクセサリーなど、ヴィンテージものも驚くほど安い。子どもの学校の制服もあり、小学校の名前が黄色でプリントされた鮮やかなマリンブルーのトレーナーを買ったことがある(お気に入りだったが、その数年後イタリアのホステルで紛失した)。



イギリスの魅力はと聞かれたら、「公園が美しいこと」と答えるだろう。大学の裏手に広がっている広大な公園(丘陵地)は一面芝生で、毎日たくさんの人が寝転がったり走ったりして過ごしている。私もポットに熱いコーヒーを入れて訪れるのが日課で、特に早朝と夕方の時間帯が好きだった。本を読んだり、友人に手紙を書いたり。落ち込んだときは、ただ人の気配を感じるために。



その後、一度もオックスフォードを訪れていない。「これから海外に住むならどこだろう」と想像してみると、あのイギリスの光景が浮かんでくる。(R)

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